楽水園

豊かな「敷石」の世界

スタッフの松浦です。
前回まで「ご飯が付きにくいシャモジ」や「宝くじが外れた話」などについて書いていたので皆様には意外かもしれませんが、実は私はこのスタッフブログでは「日本庭園の解説要員」としての役割を担っておるのであります。
というわけで今回からは真面目に日本庭園の解説にあたらせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。

さて記念すべき第一回目ですので何について書こうか迷いましたが、やはり楽水園と言えば、表門から受付前へとのびるイロハモミジのトンネルの下に続く敷石のアプローチは、「楽水園の顔」と言ってもいいくらい印象的ですよね。
前回はモミジの翼果で大空に夢を描いて失敗したので、今回こそは「石」をテーマに地に足をつけます!

と言うわけで、今回は「敷石」のお話をしようと思います。

青もみじの木漏れ日が降りそそぐ敷石の道を歩く男女の後ろ姿。
初夏で時を止められたら素敵ですよね…(独り言)

さて、言うまでもなく「敷石」は写真のように人がその上を歩くために作られます。
庭で同じような役割を持つ石は、単体で点々と置かれる「飛び石」が思い浮かぶことでしょう。
それに対して複数の石が集合し連結して面を構成するのが「敷石」と言うわけです。

また、飛び石の列の中間などに人が一人通れるほどの幅で短いスパンで作られた敷石のユニットを「延段・のべだん」と呼び、敷石とは区別することがありますので覚えておくとカッコイイかもしれません。
(これらの定義は必ずしも絶対ではなく例外もあります。)

さて、楽水園の入口の敷石は京都・桂離宮の敷石に倣ったものです。
桂離宮の古書院前にある敷石は多くの日本庭園でアレンジされて使われています。似たような敷石は楽水園と同じ福岡市の友泉亭公園でも見られます。桂離宮は日本庭園の最高峰、ほとんどの日本庭園が何らかの影響を受けています。楽水園でも敷石以外の様々なものに影響が見られます。今後も折に触れ登場しますのでいつか桂離宮だけを紹介する機会を設けたいと思っています。

さて、この桂離宮の敷石は四角形に加えて五角形や三角形などの石を用いていますが、それらはすべて職人さんが人工的に成形した切石です。
このように切石だけで構成されたものを「真」の敷石と呼んでいます。

ちょっとだけ難しい話になりますが、日本庭園の世界には「真・行・草」という芸術概念があります。
これは書道から派生したもので、皆さんよくご存知の「真書(楷書)・行書・草書」を、他の芸術に置き換えたものです。日本の伝統的芸道すべて、茶道・華道・俳句・建築はもちろん、武道の領域にさえ影響を与えています。
これを簡単に説明すると….

「真」=正確なる基本。最も格式が高い。
「行」=基本を少しだけ自分流に崩した段階。
「草」=基本を完全に自分流に崩して独自の芸術領域に到達した段階。

つまり基本をきちんと学んで体得し、それをベースとして次の段階へ修行を重ねて芸道を進化させ、最終的に自己確立して自分だけのスタイルや表現を構築することの大切さを表しているのだと思います。
いつまでも基本だけに留まりすぎると芸道は時代とともに退化して色あせてしまいます。
常に輝いているためには常に前に進み続けることが必要なのかもしれませんね。

では日本庭園の敷石の「真・行・草」をもっとわかりやすく示すことにします….

「真」=切石だけを用いる。最も格式が高い基本のスタイル。
「行」=切石と自然石を混ぜて用いる、ややくだけたスタイル。
「草」=自然石だけを用いる。独自=オリジナルのスタイル。

こんな感じになります。では具体的にそれぞれの例を写真で見てみましょう。

まず「真」の敷石です。
長方形の切石をずらして並べた「布敷・ぬのじき」と呼ばれる最も代表的なスタイルの「真」の敷石です。楽水園・表門の外側の敷石もこの「布敷」です。

この写真は福岡県宗像市の宗像大社(世界遺産)で撮影しましたが、やはり「真」の敷石は格式を感じさせるような大きな社寺仏閣に多いかもしれませんね。
整然として規律があり、また清浄な雰囲気に思わず襟を正したくなりますね。
面白みには欠けますが格式の高さはすごく感じます。
あ、宗像大社の神池は立派な日本庭園です。鯉もたくさんいて餌やりが楽しいのでお薦めですよ。

次に「行」の敷石。
長四角の切石と自然石が組み合わされて面白いデザインになっています。一つ一つの石の色の違いも綺麗ですよね。

規律と自由が共存する「行」の敷石は実は一番人気なんですよ。海外のガーデナー達にもすごく人気があります。たとえばファッションでもアメカジやパンクや80年代風など一つのスタイルをベースにして規律をもうけ、そこに自分らしさを加えて表現する人が多いですよね。完全な自由より規律という拠り所があった方が人は安心できるのかもしれません。
写真は京都の「金福寺・こんぷくじ」で撮影しました。ここの境内には他にも大胆な「行」の敷石があります。ちょっと都外れですが金福寺は足元が楽しいお寺です。お庭もありますよ。

最後に「草」の敷石です。
その自由度を知っていただく為にあえて延段の例をお見せします。
これは京都の建仁寺・露地(茶室の庭)の延段です。

飛び石の途中に「あられくずし」と呼ばれる敷き方で作られています。
「あられ」に関しては食べ物?それとも空から降ってくるアラレ?意見が分かれるところですが、私は食べ物だと思っています。
この延段、あられのかたまりをザクザクと崩した状態に見えませか?そう思うと美味しそうに見えてくるから不思議です。
このように名前も顔も知らない昔の職人さんたちのネーミングセンスに共感することも日本庭園の醍醐味の一つと言えます。
「草」は解き放たれた自由を謳歌できる領域ですが、形にするためには研鑽の果にしか得る事ができない確固たる表現力そして信念が必要です。
その意味では自分が試される厳しい領域。この延段を作った庭師は素晴らしい才能の持ち主でありながら、努力もなさったことでしょう。
素晴らしいですね。

オマケです。「草」の敷石の最高峰と誉れ高い京都・桂離宮の「御幸道・みゆきみち」を御覧ください。

建仁寺の延段は「あられくずし」はやや大ぶりでしたが、こちらはもっと小さな石を埋め込んだ「あられこぼし」と呼ばれる敷き方です。言い得て妙ですよね。
何てことないように見えますが、色や形が美しい小石だけを厳選し、しかも平たい面を持つものだけを集めて無数に敷き詰めています。
条件に合う石を集めるのは本当に大変だったと思います。もちろん色などのバランスにも気を遣って配置していますよね。
この小石が敷き詰められた御幸道を実際に歩くと表面がとても滑らかで歩きやすくていい気分になります。もうウットリで路面に頬ずりしたくなるほどです。
その滑らかさが分かりやすいように左に道が分かれて路面が反射している場所の写真をあえて選んでみました。このレベルまでいくと「行」の敷石は、もはや宇宙そのものです。

「真・行_草」の敷石を4例ほど見てきましたが、それぞれ魅力的ですよね。
どのスタイルの敷石も日本庭園にはなくてはならないものです。
で、実はこれらの敷石には共通する「敷き方の決まり」があるんです。それもかなり厳しい決まりが。

それは…

切石だろうと割石だろうと自然石だろうと、その大小にかかわらず「角がある石」同士を配置する場合「向かい合う角は3つまで」と決められているのです。

日本庭園の敷石の世界で石の角が4つ揃うことは滅多にありません。
今回ご紹介した「真・行・草」全6例の写真の敷石にもそのルールが適用されています。
驚くことに最後の小石を敷きつめた桂離宮の御幸道もそうなっているのです。写真を確認してください。

では何故こんな決まりが?
四は縁起が悪いと思う人もいますし、角が4つ揃うと歩く人がつまづきやすくなるので、そのような理由から職人さん達に嫌われているようです。
また職人さんは角が揃った場所を「蛇の目」と呼ぶこともあります。確かに蛇の目の瞳孔に似ていますよね。つまり敷石から蛇を祓って清浄な状態に保っているということでしょうか。
いずれにせよ、この決まりに従って石を並べていくのは本当に大変だと思います。しかも美しく配置しなければならないのですからなおさらです。
初めてこの事を知ったとき私は感謝で胸がいっぱいになってしまいました。職人さんがここまで色々気遣って作ってくれた敷石の上を歩くことができる私達は贅沢者というか本当に幸せ者ですよね。
黙ってそれをやってくれている職人さん達に感謝です。

さて、如何でしたか?
私達がいつも何気なく歩いている日本庭園の敷石、その背景には豊かな文化のフィールドが広がっていました。
今回とりあげた敷石に限らず日本庭園に置かれている全ての物にそれぞれ深い意味や文化的背景があります。
それらを知れば知るほど日本庭園の鑑賞は楽しくなっていくのです。
実は日本のように独自の庭園文化を持ち庭園が芸術とし確立している国はそう多くありません。
ヨーロッパではイタリア・フランス・イギリス、アジアでは中国・日本がその代表ですが、中でも日本庭園は世界中で大人気!
現在では500以上もの日本庭園が海外に作られ、個人宅のものを含めればもっと多くなります。
日本庭園は日本が世界に誇る素晴らしい文化なのです。

これからも皆さんに日本庭園の色んな事を紹介していきますのでどうぞお楽しみに!

公園案内

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